川内 健史 (Takeshi Kawauchi), Ph.D

- Senior Research Scientist, Institute of Biomedical Research and Innovation; Visiting Associate Professor, Keio University School of Medicine, Japan -

研究内容

脳の形態形成と機能を細胞生物的な視点から理解することを目指す

主に発生期の脳を対象として、細胞生物学の各分野の垣根をこえた統合的な視点から、個体レベルの研究(In vivo 細胞生物学)を推進していきます

[主要な研究テーマ]

  1. 大脳皮質形成における神経細胞の移動と樹状突起形成のメカニズムの解明
  2. エンドサイトーシス経路(エンドソーム/リソソーム/ゴルジ体)の生理的役割の理解
  3. 低分子量G蛋白質・キナーゼカスケードなどによる細胞接着と細胞骨格の制御機構
  4. 増殖停止細胞(神経細胞)における細胞周期関連分子の新たな機能の解明


(1) 大脳皮質形成

大脳皮質形成における神経細胞移動とは
 発生期の大脳皮質において、脳室近辺で誕生した神経細胞は、複雑な形態変化を伴う多段階の移動を行い、脳の表層近くの特定の層に配置されます。神経細胞は、この移動過程で軸索を伸長し、樹状突起の形成を開始することから、神経細胞移動は、神経細胞を正しく配置するために重要であるだけではなく、神経の成熟過程とも深い関連があると考えられます。神経細胞移動が障害されると、滑脳症などの重篤な脳疾患を引き起こすことが知られており、最近では失読症などの高次脳機能疾患との関連も示唆されていることから、多段階の神経細胞移動のメカニズムを理解することの重要性がますます高まっています。(詳細は、総説 Kawauchi T. et al. (2008) Dev Neurosci, 30, 36-46 などを参照)
神経細胞移動のメカニズムの理解に向けて
 これまでに我々は、発生期の脳に簡便に遺伝子導入を行える子宮内エレクトロポレーション法などを用いて、大脳皮質形成における移動神経細胞の複雑な形態変化を制御する分子経路を初めて同定し(EMBO J, 2003)、その後も移動の各段階に必須な分子および分子経路を報告していました(Nature Cell Biol, 2006; J Biol Chem 2010 など)。これらの研究により、大脳皮質形成に必要な分子が少しずつ明らかになってきましたが、これらが細胞内のどこでどのように機能することにより神経細胞が移動・成熟するのかはあまり分かっていません。現在は、より細胞細胞生物学的な視点から、神経細胞の移動および樹状突起形成の制御機構を、個体レベルで解明することを目指して、研究を続けています。



(2) エンドサイトーシス経路

エンドサイトーシス経路とは
 細胞接着分子や増殖因子などの受容体は、主に細胞膜表面で機能します。これらの膜貫通蛋白質は、恒常的もしくは刺激依存的に、細胞内へと取り込まれます。細胞内に取り込まれた膜貫通蛋白質は、まず初期エンドソームに運ばれた後、細胞内の様々なコンパートメントや細胞膜へと輸送されます。エンドサイトーシスを起点としたこれらの輸送経路を総称してエンドサイトーシス経路と呼びますが、エンドサイトーシス経路やその他の細胞内輸送経路(メンブレントラフィック経路)はあまりにも複雑で、その全容は未だに解明されておりません。(詳細は、総説 Kawauchi T. (2012) Int J Mol Sci, 13, 4564-90. Kawauchi T. (2011) Small GTPases, 2, 36-40. などを参照)
エンドサイトーシス経路の意義の解明に向けて
 細胞表面にある細胞接着分子などが適切なタイミングでエンドサイトーシスされたり、再び細胞膜へとリサイクリングされることは、細胞の移動や形態変化などの様々な挙動に関与することが予想されますが、上記のようにエンドサイトーシス経路は非常に複雑で、培養細胞レベルでもまだまだ分からない点が多く、ましてや個体レベルでの解析はほとんど行われていないのが現状です。我々は、細胞接着分子のエンドサイトーシスとリサイクリングの適切な制御が、ほ乳類に特異的な大脳皮質の6層構造の形成に必要な神経細胞移動に関与することを明らかにしていることから(Neuron, 2010)、これを糸口として、エンドサイトーシスを起点とした複雑なメンブレントラフィック経路の生理的な役割を明らかにしていきたいと考えています。



(3) 細胞接着および細胞骨格の制御

細胞接着とは
 細胞接着には、細胞と細胞をつなぐ接着と、細胞と細胞外基質をつなぐ接着があります。前者の細胞-細胞間接着には、カドヘリンなどの細胞接着分子が働き、後者の細胞-細胞外基質間接着には、インテグリンなどの接着分子が機能します。(詳細は、総説 Kawauchi T. (2012) Int J Mol Sci, 13, 4564-4590 などを参照)
低分子量G蛋白質とは
 細胞内の様々なイベントの制御に関わる主要な分子ファミリーとして、低分子量G蛋白質が知られています。Rasファミリー低分子量G蛋白質は増殖シグナルを活性化するなどの役割があるのに対して、Rhoファミリー低分子量G蛋白質は細胞骨格や細胞接着の制御に関与します。また、RabファミリーやArfファミリーの低分子量G蛋白質は、メンブレントラフィック経路の制御に関与すると考えられています。(詳細は、総説 Kawauchi T. (2011) Small GTPases, 2, 36-40 などを参照)
低分子量G蛋白質の役割
 これまでに我々は、Rhoファミリー低分子量G蛋白質のRac1(EMBO J 2003)およびRhoA(Nature Cell Biol 2006)、RabファミリーのRab5, Rab11, Rab7(Neuron 2010)、RasファミリーのRap1(Neuron 2012)などの解析を行っており、特にその下流でどのような分子経路が働き、その結果として細胞・組織レベルで何が起きるのかに着目をして研究を行っています。
JNK経路の役割
 MAPキナーゼファミリーのひとつであるJNKは、低分子量G蛋白質Rac1の主要な下流因子です。これまでに我々は、当時は核内で転写や細胞死の制御に関与すると考えられていたJNKが、細胞質で微小管の安定性を調節することにより、神経細胞の移動を制御していることを個体レベルで明らかにしました(EMBO J, 2003)。その後、イスラエルのOrly Reinerのグループにより、JNKがX連鎖型滑脳症の原因遺伝子であるDCXもリン酸化することが明らかとされ、我々が明らかにしたJNK経路が脳疾患とも関連が深いことが明らかとなりつつあります。



(4) 細胞周期関連分子と増殖停止

細胞周期関連分子の役割
 神経前駆細胞は活発に増殖して、神経前駆細胞を増やすとともに、神経細胞を産生します。分化した神経細胞は、細胞周期から脱出して増殖停止状態になります。増殖停止細胞では、当然のことながら細胞周期関連分子の活性は抑制されていると考えられてきましたが、我々の研究などにより、増殖停止状態の神経細胞において、細胞周期関連分子がまったく新たな機能を獲得し、様々な局面で重要な役割を果たしていることが分かってきました(Nature Cell Biol, 2006)。我々は、細胞周期関連分子であるCdk5やp27(kip1)などに着目し、その未知なる機能を個体レベルで理解したいと考えております。(詳細は、総説 Kawauchi T. et al. (2013) Genes Cells, 18, 176-194 などを参照)
増殖停止と神経変性疾患
増殖停止した神経細胞において、一部の細胞周期関連分子は、細胞周期の制御とはまったく別の役割をもつことが明らかとなってきましたが、増殖停止した神経細胞が細胞周期に再進入することは、細胞死の引き金になると考えられています。実際、アルツハイマー病のモデルマウスなどで、異常な細胞周期への再進入やDNAの複製が観察されています。このように、発生期の神経前駆細胞の増殖には必須であった細胞周期関連分子が、増殖停止後にどのような機能変換を示すのか、そして成熟した神経細胞における細胞周期への再進入がなぜ細胞死を導くのか、について、今後も研究を進めていきたいと考えています。(詳細は、総説 Kawauchi T. et al. (2013) Genes Cells, 18, 176-194 などを参照)



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